アトリエ・エーについて(2015)

Q.なぜ、ダウン症や自閉症の子どもたちに向けた教室を開催しようと思われたのでしょうか。アトリエAを始められた経緯をお聞かせください。

両親が教員で、特に母親が特別支援学校の教員だったのでダウン症や自閉症の子どもたちがとても身近な存在でした。大学で教育を専攻したものの会社に就職。そんななか、ダウン症の子どもたちのサッカーチームのコーチをつとめることになり、それがきっかけで絵の教室もはじめることになりました。
当初は障がいのある子どもたちの「余暇をサポートする」場所、またアウトサイダーアート(アールブリュット)に興味を持っていたこともあり「才能を発見する」場所にしたいと思っていました。
はじめてみて愕然としたのは、当たり前のことなんですが、「いろんな人がいて、いろいろな絵を描く」ということです。「ダウン症の人はこうだ」とか、「アウトサイダーアートってこうだ」と簡単に言葉では言い表せない混沌とした世界を目の当たりにして、幼いころから障がいのある子どもたちと出会う機会をたくさん経験し、知識も習得してきたはずの自分が、どれだけ先入観や固定観念に閉じ込められてきていたんだろうとショックを受けました。
年月を経るごとに、「サポート」とか「発見」とか僕たちがこちらから「手を差し伸べる」活動ではなく、ただただ、ここにいる子どもたちそれぞれの自己表現に向き合って、参加者とスタッフがお互いに「一緒に過ごす」ことを楽しむ活動へと変化してきました。

Q.どんな生徒さんが参加? 生徒さんはどのように集められたのですか?

サッカーで出会ったダウン症のこどもたち3人からはじまり、これまでの12年間で100人くらいはアトリエに参加していると思います。アトリエをはじめた当時小学生だった子どもたちも、今や20歳を超えて、企業や作業所で働いています。参加者を募集する告知はしたことがないので、ほぼ口コミで広がってきました。
今はダウン症、自閉症であるというのは、僕たちが出会うきっかけにしか過ぎなくて、年令や障害を問わず誰でも参加していただきたいと考えているのでどんどん人数が増えています。

Q.生徒さんたちは教室で具体的にどんなことをされるのですか? 生徒さんたちはどんな絵を描かれていますか?

当初は「こういう絵を描いてみよう」と課題を出していましたが、それをやめて、心のおもむくままに描いて最後に「今日はこれを描きました」と発表するシステムにしてから、ずいぶん時間の過ごし方、描く作品が変わりました。
絵を描くことを強制しないので、スタッフと話したり、音楽を聴いたり、自由に時間を過ごしている参加者も多々いるのですが、発表の時間が近づくにつれて、それでもほとんどの参加者が絵を描き始めます。発表の魔力はすごいんです。ほとばしる「自分を見て欲しい」パワー。なかには絵を発表するにとどまらず、歌を歌い出したり、ダンスをはじめたり、ヒーローに変身したり、告白したりする子もいます。話すことが難しい子も意気揚々と作品を持ってみんなの前に立ちます。
この収拾のつかない混沌とした発表がすごく面白くて、今はこの豊かな時間がアトリエの軸になっています。ひとりひとりの「表現せずにはいられない」という衝動を、理解して、共有して、みんなで祝福する、自由で寛容で、明るい場所であり続けたいと、一生懸命発表する彼らの横顔を見ながらいつも思っています。

Q.教室で絵を描くこと、友だちとふれあうことで、生徒さんたちにどんな変化、成長が見られますか?

カレンダーにマル印をつけて、毎月のアトリエの日を心待ちにしている参加者もいるようで、アトリエの活動が毎月のささいな目標になっているのであれば本当にうれしいです。単純に生活の中で絵を描く楽しみが増えたという子もいるし、どんどん絵が緻密になっていく子や、自分に合う新しいスタイルを見つける子ももちろんいます。
ただやっぱり一番成長を感じるのは発表で人前に立つ姿です。最初戸惑いをみせていた子が自信をつけていく姿を見ると、言葉には言い表せない感動を覚えます。
発表する絵のモチーフは、家族や友だちや、日常のひとコマが多いのですが、この発表を通して、そのありふれた日常こそが語るに値することなんだと気づかされました。子どもたちの選ぶすべてのモチーフが愛おしくて仕方がありません。アトリエでは思いを伝えることに臆することなく、何を描いてもいいし、どんな方法でもいいから、自分を表現してほしいと切に思っています。

Q.絵を教えておられるのはどんな方々?

デザインやアートに関わる仕事を中心に、僕たちとどこかでつながった個性豊かな人たちがスタッフとして参加しています。
スタッフもこれまで100人くらいは参加してくださっていると思うのですが、極力こちらからは言葉を省いて席についていただいています。教えるという一方的な関係ではなく、お互いに一緒に過ごすことを楽しむ対等な関係であってほしいので、ダウン症の子はこうだとか、自閉症の子はこうだという先入観を持たずに、自分がまっさらな状態で相手と向き合う緊張感とドキドキ感をスタッフも感じてほしいと思っています。
人が人を呼んで、いつも本当におもしろくて頼もしいスタッフがそろっています。職種も年令も国籍も違うたくさんの人がスタッフとしてアトリエに集う奇跡に心から感謝するとともに、この出会いこそが僕たちの活動の基盤になっているとあらためて思います。

Q.ご自身も、学び、得ることはございますか?

まず、毎回確認するのは「ひとりひとりみんな違う」という当たり前のことです。いろいろな生の在り方を受け入れる、その当たり前のことを大切にしたいと思います。自分とは違う誰かが「できないこと」に気付いて、手を差し出す、または温かく見守ることで、障がいはなくなるとこの活動を通して確信しました。
長女が学校の課題で出た人権作文で、「私たちと障がいを持つ人たちはお互いにこわがっている。でも一緒に過ごすとこわくないよ。私はそれを知っている」と書いてきたんです。それを読んで「そういうことだ」と思い、何だか涙が止まらなくなりました。
一緒に過ごしていると、言葉や概念を越えたところで、通じ合ったり感動したりすることが毎回間違いなく起こります。そうした時間を過ごすと、ちっぽけな先入観や固定観念が吹き飛んで、少しずつなにかが変わっていく気がします。それが娘の言う「知っている」ということになるんだと思います。

Q.2003年に始められ、12年が経ちました。その間、障害のある子どもたちを取り巻く環境や、社会の人たちの接し方は変わってきたと思われますか?

取り巻く環境や、社会の人たちの接し方について思うことは、本当にそれぞれの状況、感じ方によって違うと思います。ただ、障がいを持つ方が安心して暮らせる街づくりは、間違いなく行政の最も重要な課題であり、この豊かな時代に後退することは許されないと思っています。
僕が感じたこと、聞いたことで気になることをあげるとすると、まず就学前の子を育てる親にとって本当に必要な情報やつながりが不足していることがあります。アトリエの参加者は地域や年齢、障がいもすべてばらばらなので、親同士が横につながり、情報交換できる場所としてもアトリエを利用していただきたいです。こうした活動に参加して、小さいお子さんを持つ親が、実際に成長して、楽しく、たくましく生活している先輩たちと会って、一緒に時間を過ごすことは、とても力になると思います。
また成長してからの問題としては、学校や就労、余暇の活動の選択肢がとにかく少ないことがあると思います。そうした状況下では、純粋に「楽しい」とか「やってみたい」といった動機で何かをする機会はますます狭まるでしょう。アトリエのように、親や学校や社会から求められる「目的」や「期待」とはかけ離れたところで、ただ好きなように楽しむ場所がもっとあっていいのではと思っています。

Q.展覧会なども開かれるのですか? 反響はいかがですか?

展覧会は人数が多くなってきたことや、特別な人たちの絵という捉え方をされたくない僕たちの展示のコンセプトの立て方への迷いもあって、いい方法を捜しています。子どもたちにスポットライトがギラギラあたるライブペインティングのようなイベントはぜひ企画したいと思っています。

Q.このご活動を通して、社会に何を伝え、どんなふうに変わっていけばうれしいとお考えですか?

たいそうなことは言えませんが、「ひとりひとりみんな違う」という当たり前のことを大切にして、障がいを持つ人たちにどうか寛容であって欲しいと思います。
僕たちの活動については、特別な人たちが、特別な人たちに向けてしている活動ではなく、ありふれた日常の延長線上にある、軽やかで開かれた活動だと知ってもらえたらと思っています。
僕たちが関わってくださる方に唯一宣言しているのは「ずっとつづける」ということです。はじまりとおわりにしばられない、だれもがいつでもかえってこられる場所にしたいと思っています。アトリエのこれからを僕たちが誰よりも楽しみにしています。

赤荻徹